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2012年12月19日 (水)

玉の海

今日は、(二所ノ関→)片男波部屋玉の海 です。



Photo


タマノウミと言っても、梅吉さんではなく、横綱の方ですが(^^;;、私が、現役時代を見ることができなかった力士で、最も見たかった人です。
まず、現役中に亡くなるというショッキングな去り方、そして、横綱同時昇進の北の富士というライバルがいながら、その直前の1年ほどの素晴らしい成績(この時期は、北の富士も2回優勝していますが、玉の海は4回の優勝、その他の場所も勝ち星を見れば、玉の海のほうが圧倒的によいですね)、このまま横綱として長く君臨していたら、どういう存在になっていただろうと思わずにいられません。

元々は小兵だったんですね。それが、大関に上がってから、だんだんおなかが出てきました。元々下半身がよかったようですが、体ができてきてからさらに安定感を増したように、少ない映像からは伺えます。もちろん、負けた相撲もありますが、常にひざに余裕を持ち、左右の足を前後におき、その足がしっかり地面についていて、倒れる気がしない。つり出しが得意技のひとつだったようですが、自分より10cmくらい背の高い北の富士や大鵬、果ては豊山までつる始末。よほど下半身が強くないと、あれだけ大きい人たちはつれないと思います。
この人はさらに器用さも持ち合わせていて、投げを打つときに足も使うんですね。もう万全です。

典型的なちょっと昔の日本人という体型で、顔が大きく手足が短いのですが、逆に手足が長くてマスクもいい大鵬や北の富士に、土俵上では全くひけをとっていません。
ああ、本当に見たかった。

それにしても、当時の北の富士は本当に、役者のようにハンサムですね。

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コメント

昔の相撲は今と違ってふわっと立ってがっぷり四つになることが多かったので実力が伯仲してると長い取り組みになりがちでした。北の富士と玉の海の対戦も長くなることが多かったような記憶があります。
玉の海は自分が初めて見た不知火型の土俵入りをする横綱で、雲竜型の北の富士とはいろんな意味で対照的でしたから、印象深いです。
柏鵬時代も「剛の柏戸、柔の大鵬」みたいなことを言われていましたが、北の富士と玉の海もそんな感じで捉えていたような印象があります。
急逝しなければその後の相撲の歴史もかなり変わっていたでしょうね。今では言われなくなりましたが、不知火型の横綱が短命だというジンクスはやはり玉の海の件が大きいのでしょう。

ついでに。スマートでハンサムな北の富士ですが、横綱としては珍しく?足癖が悪いというか、長い脚を生かした外掛けが得意でしたね。

星鯨さん、コメントありがとうございます。
玉の海をご覧になりましたか!筋肉質の素晴らしい体だったでしょうね。本当に、彼が生きていたら、2代目若乃花や三重ノ海の代くらいまで君臨していた可能性もあり、おもしろかったと思いますね。
立合いは、北の湖の時代でも、両手を八の字に開いてふわっと立ちますよね。あのほうが、組みやすいでしょうね。なるほど、それで相撲が長くなるというのは、考えたことがありませんでした。
北の富士の相撲も、実はあまりじっくり見ていないので、足技があるとは、知りませんでした。足が長い分、片方の足を使ってしまうと不安定になるような気もしますが、どちらかというと、スピード相撲の力士だったようなので、大丈夫だったのでしょうか。

私が不知火型で初めて見た横綱は、たぶん琴桜ですね。玉の海の後、琴桜のように高齢で横綱に昇進した人が多かったこともあって、短命という事になってしまったのでしょうね。昔の羽黒山なんていうのは、「超」長持ちでしたしね。

返信ありがとうございます。
正直言うと、玉の海は強かったけど子供心に「地味だなぁ」と思ってました。なにしろ相方が北の富士だから仕方ありませんね。
玉の海はガッチリした見た目からして強さが感じられる力士でしたが、北の富士はカッコよさが先に立っちゃうのか、あまり「強い」イメージはないですね。実際そんなに強い横綱というわけでもなかったですし。イレブン横綱とか言われてましたからね。
北の富士は速攻と引き足が良くて、運動神経と相撲勘に優れていたように思います。個人的には玉の海よりも貴ノ花との対戦に記憶に残るものが多いですね。

星鯨さん、こんにちは。
玉の海は性格的にもおとなしかったそうで、万事が派手好きの北の富士と比べれば、相当地味だったでしょうね。でもたぶん、大人になった今見れば、玉の海には相当好感が持てたと思いますが、いかがでしょう?
北の富士は、かっこつけから言っても、闘志を前面には出さなかったでしょうから、強い感じではなかったというのはうなづけます。気分で相撲にもムラが出たでしょうしね。それでも横綱なのですから、天性のものがあったということでしょうね。
北の富士ー貴ノ花 では、北の富士のほうが悪役になってしまいますから、北の富士もやりにくかったかもしれませんね。

玉の海が亡くなったとき、私は小学5年生でしたが、その日のNHK7時のニュースの場面は、今でも
昨日のことのように憶えています。実は私は北の富士のファンだったのですが、玉の海は本当に
強かった、そしてそれ以上に美しい力士でした。足腰は柔軟で強靭でしたが、腕力はそれほどでも
なく、それでも吊り出しが見事に美しいものでした。腰で吊る、独特のもので、当時192センチのずば
抜けた巨漢力士だった高見山を、それこそ目よりも高く吊り出したのが衝撃的でした。これは、大袈裟ではなく、本当に高見山の足のかかとのあたりが、玉の海の目の高さまで上がったのですから。当時の大相撲雑誌の写真で確認できますが、残念ながら、時の流れで無くなってしまいました。大鵬・北の湖・千代の富士・貴乃花・朝青龍・白鵬の全盛期を見てきて、玉の海と大鵬・白鵬が飛び抜けた強さ
だと思います。玉の海の話になると、まだ書き足らないのですが・・・。それと、最近の力士は吊り上げ
られると、足をバタつかせて抵抗したりしないので、足が高く上がりませんね。負け方も美しくないと
感じます。

タイヘイさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
当時は今より、世間の相撲への関心は高かったでしょうから、すごいニュースだったでしょうね。
玉の海は美しかったのですか! それにしても、高見山もつっていたとは。やはり相当の足腰ですね。是非見たかったですね... 古い雑誌は図書館で借りられるかもしれないので、ちょっと調べてみようと思います。

大鵬と白鵬は、体つきなども似ていると言われますね。私は大鵬の強さというのは、勉強不足もあり、あまり実感できていないのですが、このふたりは”強い横綱”ということでは、挙げる人が多いですね。そこへ玉の海も入るというのは、ちょっと嬉しい気がします。

最近の”負け方も美しくない”というのは、なるほど、そうですね。何が何でも残ってやる、という気概が見えない力士も多いですね。土俵入りやしきりの所作ひとつとっても、美しさは廃れてきているかもしれません。相撲がスポーツと違うのは、そういうところもあると思うのですが、それをどれだけ後世に伝えていこうと思う関係者がいるかどうかにかかっているでしょうね。そういうことに詳しい大山親方に奮起してもらいたいところです。

尽きないお話を、是非またお聞かせください。

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